当然ですが産婦人科は(不妊治療や胎児・新生児以外では)男性患者は扱いません。しかし、女性に関しては非常に多彩な生理・疾患に関わる診療や研究を行います。
産科と婦人科という呼び方自体、ともに特定の疾患、臓器、手技を意味しておらず、女性のライフサイクルにおける健康管理全体にかかわる診療科ということです。周産期の分野では、母体・胎児の順調な経過をフォローすることから、胎児の循環器異常、代謝異常の診断、治療と非常に多種多様です。母体のケアに関しても同様で、周産期特有の病態に加えて、他科疾患の合併に至るまで、妊産婦の健康管理全般を直接または、他科との連携をとって管理するという重要な役割を担っています。
婦人科疾患では、思春期、性成熟期、更年期、老年期の生殖臓器の形態および機能異常、腫瘍、加齢現象に伴う様々な疾患に対処します。当然、小児科、内科、外科、泌尿器科等との連携も重要です。例えば、月経異常から脳腫瘍が見つかる、おりもの(帯下)で受診した患者さんを診察して、骨粗鬆症を診断する、不妊治療や周産期診療で将来の高血圧や糖尿病予備軍が見出され、産婦人科診療が終わった後も家庭医として内科管理を継続したり専門診療科へとバトンを渡したり、その患者さんの一生に渡る健康管理のきっかけを作ることもあります。また、診断、内科治療、外科治療、さらに体外受精等に至るまで、疾患へのアプローチも非常に多彩です。
こういった産婦人科診療や研究の多彩性とその魅力については、別項でいろいろな人が書くことと思いますので、是非ともそういった観点も思いつつ読んでみてください。
このように産婦人科は、女性のライフサイクル全般に関わる診療科です。そこで、様々な診療科や医療従事者(healthcare provider)との双方向のコミュニケーションが重要です。
近年のがん診療の進歩によって、増加する「がんサバイバー」の治療後のQOLという問題も重視されるようになってきています。特にAYA(Adolescent and young adult)世代のがん患者、すなわち若年がん患者の長期に及ぶ治療後の生活支援という問題は、国のがん対策でも重要項目となっています。
その中のひとつが、がん・生殖医療(Oncofertility)と言われる分野です。早期発見と集学的治療(放射線治療、化学療法、手術など)により、性腺(精巣や卵巣)機能障害、子宮や卵巣の摘出の結果、妊孕性が大きく低下し「がんは克服したけど子供ができなくなってしまった」という悩みを抱える問題です。
子宮や卵巣が治療対象である婦人科がんでは、以前より厳格な適応のもと、妊孕性温存治療ということが意識されていました。
一方、近年の生殖補助医療(体外受精など)の進歩は目覚ましく、2012年の日本産科婦人科学会の調べでは新生児27人にひとりが生殖補助医療によって生を受けており、そのうちで70%ほどが凍結胚移植(胚=受精卵)です。また、以前は非常に困難とされていた未受精卵の凍結も臨床応用段階、さらに卵巣組織の凍結も臨床研究段階にまで改善されてきております。
このような背景のもと、性腺機能に大きな悪影響を与えることが予測される化学療法や放射線治療を受ける前に、配偶子(精子、卵子)、受精卵(既婚者)、卵巣組織を凍結保存するという、妊孕性温存医療の実施が可能となってきました。
しかしながら、がん治療の現場では、当然のことながら一刻も早く治療を開始したい、AYA世代がん患者が多い小児科、血液内科、乳腺外科などでは生殖医療に関する十分な情報提供が困難、自施設に産婦人科や生殖医療に詳しいスタッフがいない、などの理由から、患者への「がん治療と妊孕性」という問題に十分に対応することが困難という現実もあります。その結果、がん治療後に情報提供がなく妊孕性が廃絶してしまったことを治療後に知ることとなり、悩みや苦しみを抱えることになる「がんサバイバー」が少なくありません。
岐阜県では、全国に先駆けた「がん・生殖医療ネットワーク」を立ち上げ、岐阜大学病院がんセンター「がん・生殖医療相談」が、施設を超えてがん治療、生殖医療の現場を結びつけ、がんと診断されたAYA世代患者へのがん治療開始までの限られた時間で速やかな情報提供、適切な妊孕性温存医療の提供を行える体制を構築しています。この試みは、全国的にも高い評価を受け「岐阜モデル」と言われ、多くの自治体等の参考にされています。
こういった体制が円滑に立ち上がり、運営できているのは医療体制が、一次医療から三次医療まで非常に風通しがよい岐阜県の特徴も大きな要因であると思われます。